大判例

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名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)459号 判決 1963年4月25日

控訴人

東京海上保険株式会社

被控訴人

山本幹夫 外一名

"

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とするとの判決を求めた。

被控訴人等代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに立証関係は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから之を引用する。

控訴代理人の陳述

被控訴人の損害賠償の各請求金額は責任保険経済の安定性を無視したもので過大である。

その中、得べかりし利益の喪失による損害を考えるに、女子は家事労働に従事するものが多くて、平均就職率は低く、過半数に達しない。しかも女子就職者の勤続年数は結婚、出産等の事情より極めて短かいことは明らかである。従つて十八才から四十九才までの就労が可能として右期間の収入をホフマン式計算により割出した金額を基とする被控訴人の損害賠償の請求は合理的根拠を欠き不当である。

又葬儀費については、仮に被控訴人等がその主張の金員を支出したとするも、社会常識上不当に過大であり、金二万円以上の分については一般性がない。

石塔に至つては祖先伝来のもので足り新しく設ける必要性がない。

被控訴人等代理人の陳述

一、自賠法に基く査定は一般の損害額の査定と異にすべきでない。一般の損害額の査定と同様にしても、同法は保険金額の最高が法定されており、政府が保険金額の一部を再保険しているから、保険経済を無視することにはならない。

二、幼児と云えども普通の健康体である以上通常に成長し十八才になれば労働能力を取得するから、得べかりし利益の喪失による損害発生の蓋然性は確実である。又女子は就労率が低くとも家庭の主婦としての勤めを無報酬として無視すべきでなく、家庭の主婦としても平均女子の収入相当額の収入があると見るべきである。

三、被害者順子が成長するまでの生活費、学費は親権者である被控訴人等が負担すべきであるが、右費用については被害者が本件事故に因つて利益を受けたわけでないから、損益相殺の関係になく得べかりし利益の喪失による損害の請求金額から控除すべき筋合でない。

立証関係(省略)

理由

一、被控訴人主張のごとく、訴外鈴木国太がトラツク一台を所有していて控訴会社との間に自動車損害賠償保障法による保険契約を締結していたこと、右訴外人の右トラツクによる事故にて被控訴人等夫婦の二女順子(昭和三十三年四月十八日生)が即死したことは当事者間に争がないから、加害者の無過失等特段の事情の主張立証がない本件においては、右訴外人は同法第三条によつて被控訴人等に対し順子の死亡により生じた損害を賠償すべき責任があること明らかである。

二、そこで損害額について判断する。

(1)  被控訴人等に対する慰藉料

右慰藉料は被控訴人に対し夫々金二十万円をもつて相当とすべく、その理由は原判示のとおりであるから之を引用する。

(2)  葬儀等の費用

葬儀費は、諸雑費金八万七千四百四十六円、読経料金一万二千円の支出が認められ、右支出は被控訴人等方の字における生活環境と地方風習より見て相当な支出であり、又石塔建立代金一万八千円も不慮の死を遂げた愛児に対する親の情として必ずしも不相当な支出であるとも考えられないから、右費用は本件事故に因り被控訴人幹夫の蒙つた損害と認むべく右判断に対する理由は原判示のとおりであるから之を引用する。

(3)  被害者順子に対する慰藉料

従来の裁判例は、死亡事故による被害者の慰藉料請求権はいわゆる一身専属権となし、原則としてその相続性を否定し、ただ、被害者が死亡以前において、加害者に対し該慰藉料請求の意思表示をしたときに限り一般の金銭債権と同様にその相続性を有するものと解した。しかしかかる見解にたつと、被害者が絶命前において加害者に対し明らかに慰藉料請求の意思表示をした場合は当然とし、たまたま「残念残念」「くやしいくやしい」とか叫んだ事実をも右慰藉料請求の意思表示と解し該請求権の相続性を認め得るとしても、被害者が即死の場合とかまたは幼児の場合のように右意思表示と認むべき言葉を残す余裕も能力もない場合は該慰藉料請求権は被害者の一身にとどまりその死亡と同時に消滅し相続性を否定せられるという不合理な結果となる。おもうに慰藉料は被害者が加害者の不法行為により受けた自己の心身の苦痛に対する賠償であり金銭賠償を原則とする(民七二二条四一七条)点に鑑みると、被害者が死亡前において加害者に対し該慰藉料請求の意思表示をなすといなとにかかわらず金銭的賠償請求権を取得し一般の損害賠償請求権と同様その死亡と同時に相続人に移転承継せられるものと解するを相当とする。

しかして順子に対する慰藉料は金三十万円をもつて相当とすべく、被控訴人等は夫々右慰藉料の二分の一である金十五万円を相続したものと云わねばならない。

(4)  順子の得べかりし利益の喪失による損害

被害者が死亡当時現実の収入がない場合、特に幼児の場合において幼児の将来の得べかりし利益の喪失による損害額の認定は困難を極めている。収益の可能性については否定できないが、その可能性が証明程度に立証し得るかに係つている。

しかして右認定資料としては各種統計資料から収益金額の蓋然性を見出していくこととなるべく、主婦でも就労女子に準じて労働収入が判定できると考えられ、本件においては成立に争がない甲第三号証の賃金構造基本調査資料により、女子労働者の十八才から四十九才までの平均月間収入から生活費を七十パーセントと見て之を控除した年間の収入は(イ)十八才から十九才までは金二万九千八百十六円、(ロ)二十才から二十四才までは金三万五千二十円、(ハ)二十五才から二十九才は金四万三千九十二円、(ニ)三十才から三十九才までは金四万五千六十円、(ホ)四十才から四十九才までは金四万千八百四十四円となることが認められ、右(イ)乃至(ホ)をホフマン式計算法により算出すれば(順子は三才であつたから十五年先になつて始めて収入を得る計算となる)(イ)は金三万二千二百二十八円、(ロ)は金八万三千三百八十円、(ハ)は金九万千六百八十五円、(ニ)は金十五万八千百五円、(ホ)は金十二万四千九百七円、以上合計金四十九万三百五円となる。

しかしながら被控訴人等は本件事故の結果不幸の中にも扶養義務としてなすべき順子に対する生活費、学費の支出を免れたことになる。右支出を免れたことによる利益は、被控訴人等が相続すべき右得べかりし利益の喪失による損害から控除すべきか否かについて考えて見る。

右扶養義務を免れたことによる利益は、被害者である順子が本件事故に因つて右得べかりし利益の喪失による損害を受けたと同時に、その損害賠償の原因と同一原因に因つて利益を受けた場合でないから、いわゆる損益相殺の理論によつては右利益を右損害額から控除すべきでないが、右利益を受けた親権者である被控訴人等が相続に因つて右損害賠償請求権を取得する限り、公平の原則によつて右損害から右利益を控除すべきものと解するを相当とする(反対大審院昭和一七、八、五判決)。

しかるところ三才に満たない順子を十八才まで扶養すべき費用は極めて少く見積つて一年平均金五万円としても十五年間に金七十五万円と算出せられるから、右金額は前示認定の金四十九万三百五円を超過し、被控訴人等において相続すべき順子の得べがりし利益の喪失による損害賠償請求権は存在しないことになるものと云わねばならない。

三、控訴人は過失相殺を主張するが、その主張の認容できないことは原判示どおりであるから之を引用する。

四、叙上のとおりであるから、訴外鈴木国太に対し、被控訴人幹夫は右(1)(2)(3)の合計金四十六万七千四百四十六円、被控訴人鈴代は右(1)(3)の合計金三十五万円の損害賠償請求権を有するところ、控訴人は、本件事故について責任保険の損害賠償額の査定事務を行う愛知共同査定事務所が全国的査定基準によつて公平に被害者の年令、家族関係、両親の職業資産事故の模様等を斟酌して(1)被害者の処置費金四百六十五円(全額金九百三十円から国民健康保険で支払われた分控除)(2)両親である被控訴人等に対する慰藉料金十万円(一人について金五万円宛)(3)被害者自身の財産的損害金五万円(4)葬儀費金二万円、以上合計金十七万四百六十五円中金十七万円を支払うのが相当であると査定したから、本件事故に因り被控訴人等に対し支払うべき損害額は右査定額が相当であると主張するからこの点について判断する。

責任保険は社会保険の性格を有するから、保険金額はその百分の六十を政府が再保険し、保険料率は営利性が否定せられていて保険会社としては責任保険事業の危険が或る程度保障されると共に右事業を非営利的に運営すべき立場に置かれているところ、成立に争がない乙第一号証、原審証人高羽直、日比一良、海老名惣吉、当審証人倉井勇吉の各証言を総合すれば、各保険会社は責任保険を共同に運営するため中央に自動車損害賠償責任保険共同本部を設け、損害賠償額を全国的に公平に算出するため、全国各地に下部機構として共同査定事務所を置き、損害査定要綱に基いて各保険事故につき損害賠償額を査定せしめていること、及び各保険会社の死亡の場合における損害賠償額支払の実情は、右査定に応じ保険金額が三十万円の頃は平均して約金二十六万円、又保険金額が五十万円となつてからは平均して約金三十六万八千円であるが、支払基金は昭和三十四年八月に保険料率の引上げがあつたに拘らず赤字が累積している有様であることが認められる。

しかして愛知共同査定事務所が右査定基準によつて控訴人主張のごとき損害賠償額を査定したことは当事者間に争がない。

しかしながら右査定が全国的公平な査定基準によつて算出せられたからと云つて、右査定額を被控訴人等においてその趣旨を了して承諾しない以上はもとより被控訴人等を拘束するわけではなく又裁判所が損害賠償額を認定するに当つては右査定に捉われることなく是とするところを認定し得ることもちろんであり、加害者鈴木国太の本件損害賠償額は前示認定のとおりであるから、控訴人の右主張を受け容れることができない。

もつとも右査定は責任保険運営の根幹をなしていることは否定できないが、損害賠償額の支払が右査定を上廻る傾向を招来する場合は、保険料率の引上げ或いは国家補償等何等かの方策が構ぜられて保険会社が責任保険にて損失を蒙らないようにすべきは当然のことである。

五、叙上の次第であるから控訴人は被控訴人等に対し死亡の場合における損害賠償額の支払として、前示認定の損害賠償額の範囲内で且つ法定の保険金額である金五十万円を支払うべき義務があり、控訴人に対し夫々右金二十五万円宛、及び本件訴状送達の翌日である昭和三十六年十月四日以降右完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人等の本訴請求は正当として認容すべきである。

六、よつて右と同じ判断をした原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから之を棄却すべく、控訴費用の負担につき民訴八九条に則つて主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本収二 西川力一 渡辺門偉男)

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